映画に観る『あの頃』の青春と『これから』の青春。

Think Of Wonderful Films.

略してTOWF(トーフ)のお時間です。

いつからか映画への愛が無限大に大きくなった男による、素敵な作品たちに出逢いたい方々のための今シリーズ。

映像作品をベースに音楽やファッションなど様々なジャンルの作品に出逢えるような、さながら豆腐のように栄養満点の場所になることを目指しております。

カツオ節でも削りながらおつまみの冷奴を待つつもりで読んでくだされば幸いです。

今回は少し趣向を変え、二つの映画をピックして参りました。青春映画です。

「ウォールフラワー」と「スイート17モンスター」

ウォールフラワー(The Perks of Being a Wallflower)

ローガン・ラーマン主演で、同名小説を原作者が監督して映画化した作品。トラウマを抱えた小説家志望の高校生チャーリーが友達と家族の愛を受けて自分の人生を切り拓いていくお話なのですが、単純に恋というのではなくドラッグや性、そして文学や音楽など若者文化もたくさん描写しており、それによって多くの人の心を撃ち抜いた青春映画です。

ウォールフワラー
出典:Yahoo!映画

ちなみにこの原作・監督・脚本を務めたスティーブン・チョボスキーは今話題の「美女と野獣」の脚本を書いていたりするんですけど、その「美女と野獣」の主演であるエマ・ワトソンは、こちらの作品でも見事な演技を見せているんです。ちょっとしたことながら、面白い繋がり。

ハーマイオニー感が一切ないどころかこんなことも出来るんだ!というエマ・ワトソンが観られます。

スイート17モンスター(The Edge of Seventeen)

どういう感じなの?と一瞬戸惑う邦題となっておりますが、こちらはつい先日公開された作品。共感率100%!と銘打たれた映画でして、あちこちで”みんなの中の17歳”を呼び起こして名作入りした一本です。

主演はヘイリー・スタインフェルド。歌って踊れてモデルもできちゃうキュートな美貌、そして観る人を唸らせるほど高い表現力で、映画界を席巻している若手女優さんです。最近ですとピッチ・パーフェクト2というアカペラ部を描いた映画にも出演しておりました。

スイート17モンスター
出典:映画.com

自分が大嫌い。でも恋はしたいし憧れてる人もいるし、甘いとこからやらしいとこまで妄想だって止まらない。たぶん、いやきっと自分だけがこの世界で不幸なんだけど、くだらない妄想もとめどなく話せる親友がいるおかげで、少しだけ毎日は楽しい。だからそれで良い……はず。

そんな主人公の女の子ネイディーンの、赤裸々な青春映画です。

キーワードはもちろん『青春』

この二つの作品はそれぞれ主人公が男女で違っていますし描き方も内容も結構違うんですけど、青春という大きなキーワードで繋がっています。そしてその『青春』を、いわゆるスポーツとか音楽とか恋とかっていう青春ジャンルのど真ん中からは少し外れた位置にある『端っこ』で描いているのが、この二つの作品の素晴らしいところなんです。

それぞれ原題は「The Perks of Being a Wallflower」と「The Edge of Seventeen」

直訳すると「壁の花でいることの特典」と「17歳の端」になりますが…

Wallflowerは壁の花、転じて社交の場などで相手にされない人、『端っこ』に追いやられてしまう人のことを指します。

Edge ofは激しさや縁、危機などいろんな意味を持つことができますが、”17歳っぽさ”からは外れてそうかもしれない意味合いの『端っこ』とか、これでもちゃんと17歳なんだぞっていうような意味にもなり得ますね。

ということを含めて少しだけ意訳させてもらうと、それぞれ「壁の花でいることの喜び」と「17歳の端くれ」になる。

どちらも何かの『端っこ』にいて、でもちゃんと青春時代の年齢の中にいて、ちゃんとそれぞれの青春をしているお話なんです。

青春と友情、青春と恋。

青春と友情と恋とはセットになっていて、どんな結果になろうとも「青春だねえ」って後になって微笑むことができるハッピーセットなんですよね。懐かしい思い出というおもちゃが付いてくる。

だからありがちなテーマであっても響いちゃうんだと思っています。

この二つの作品でも当然、恋と友情が重要な位置を占めております。

ウォールフラワーの主人公であるチャーリーはトラウマを抱えた静かな青年で、自然と出来上がってしまってるヒエラルキーの中で下の方にいます。周囲は自分の存在感というか、ポジションを守るために結構厳しいんですよね。いわゆる陰キャラと呼ばれる存在に分類されるチャーリーには誰も絡もうとしない。肉親である姉ですらそうで。

故に、壁の花であるチャーリーにとって世界は本当に狭いものになっていて、トラウマも手伝ってちょっとこじらせちゃってるんです。小説家になりたいという気持ちもぼやけてしてしまう。

これはまあ仕方ないというのは観ている側はわかるんですが、周囲のみんなはそんな事情を知らないので、ナード(変わったやつ)みたいな扱いを受けます。

一方、スイート17モンスターの主人公のネイディーンもいじめられた過去があり、どちらかというと埋もれている存在で親友はただ一人。その子がいれば良いし大丈夫って思ってるんですが、スポーツもできて顔も良くて超人気者という、自分とは正反対の兄の存在にどこか心をかき乱され続けていて、これまたこじらせちゃってるんです。

その兄と親友がくっついちゃうもんだから余計にこじらせちゃう、というお話なんですね。

スウィート17モンスター
出典:Yahoo!映画

共通しているのは二人ともヒエラルキーの下の端っこの方にいて、心のどこか端っこの方で「世界は狭い」と感じてしまっていること。

そんな時、チャーリーは美しいサム(エマ・ワトソン)とゲイのパトリック(エズラ・ミラー)という義兄妹に出会い、恋と友情がもたらす美しい青春の日々を知ることになります。もちろんそれ故の悩みも出てくるわけなのですが…

ネイディーンは親友と兄がくっついた時、自分が一人であることに異様な寂しさや不安、どこからか沸き起こる憤りと閉塞感を感じてしまうのですが、同時に徐々に自分と向き合う材料が増えていくことになります。

甘かったり辛かったり、青春にはいろんなスパイスが効いているもの。

そんな二人の青春の日々とそれ故の苦悩や葛藤はぜひ、本編でお楽しみあれ!

青春が世界と心を広くする

「どうして優しい人たちは、自分を傷つける人と付き合ってしまうのですか?」

チャーリーは自分にとって本当に大切な人たちが、その人を傷つけるような人と交際することに疑問を持ち、恩師に尋ねます。意外にも恩師は、あくまで簡潔にその答えを述べる。

それが本当に真理をついていて、素晴らしい言葉なんです。その一言にチャーリーは救われる。もっと大事にしたい、そして自分の人生を大切に生きたい、と思うようになります。

それからその恩師の言葉だけでなく、サムとパトリックとの友情と言葉たちが支えとなって、彼は本気で『小説家になりたい』という夢を追うことにする。

言うなれば、友情に支えられて何か創作することに打ち込めるようになったことで世界は広がって、いろんな悩みや葛藤を乗り越えていく力を得たんです。

ウォールフワラー
出典:Yahoo!映画

「自分が一番不幸だと思ってた。昨日は最低な女でごめん、この数週間も、あとこれまでの17年間も」

ネイディーンは自分がいかに自分勝手で、守られていて、愛されていたかを知り、ごめんなさいとこぼします。

ちょっとだけ他人を思うことができるようになって、最高にキュートな笑顔をラストに見せる。それから先まだまだいろんな困難が彼女に巻き起こるのは間違い無いのですが、周りのことに感謝したり、思いやったり、支えたり。当たり前のようで実は難しいことがちょっとだけできるようになって世界は少しだけ広くなっているので、前へ進めるんですね。

スイート17モンスター
出典:Yahoo!映画

世界は狭いと思っていたり、自分だけが不幸だと思っていた青春時代。起こることは全然違っていても自分にしかなかった出会いと、大切にしたいという気持ちのような『周りを気遣うこと』をなんとなくでも覚えた時、心の許容量がちょっとだけ増えて大人になれた、ということは共通しているのではないかと思います。

じゃあ17歳という時間を何もなく過ごして社会に出てしまったらもう無理なのか、青春時代とやらは若者だけの専売特許なのかというと、そうではありません。

高校はいろんなところからいろんな人が集まる社会の縮図みたいなもので、それ故にいろんな問題が生じてしまうことも事実です。社会と同じように。

必ず何かにぶつかってしまうことも同じ。そんな中で何かに打ち込むこと、挑戦すること、何かを得ること、何かを失うこと。それがある種簡単にできるから、青春時代と呼ばれる時代が存在するのだと思います。

何がどう違うのかっていうと経験の差だけなんです。それを埋めるのは経験しかありません。

青春映画の良いところは、『懐かしい』だったり『僕はどんなだっけ』という自分の過去を振り返る材料になること、そして青春時代に観たいとはあまり思わなさそうなところなんです。

いわゆる”大人”の年齢になってなんとなく観たくなったりして、観たら何か心がざわついて、何かを思い出す。それがもう一度青春時代のように純粋に何かに取り組むきっかけになったりして。

それこそが青春映画の最大の魅力ではないでしょうか?

子どもの青春が思い出なら、大人の青春は未来だ。

よく聞くワードの一つに、『かっこいい大人』というのがありますね。これって何なんでしょう?どういう人がかっこいいのでしょうか?

人それぞれ『かっこいい』の基準はもちろん違うのですが、『自分の考えで笑って生きている』ということが共通項としてあるのではないかと僕は考えています。

純粋な気持ちで何かに取り組む。楽しんで笑っている。何もかも嫌々やっている人に、かっこいい人はいないですよね。

なんかそれって、置き換えると、青春だなあなんて解釈もできちゃうんじゃないかと思うんです。少しばかり大胆な仮説にはなるんですけれども。

つまり、『かっこいい大人』はいつだって大人の青春をしているのではないか、ということなんです。

青春というのは、喜怒哀楽の一切合切を”好きなこと”に押し当てるようにしてエネルギーを注ぎ、それに取り組むことなので、大人には大人なりの青春の用量用法がきっとある。

恋と友情だけどころか、ほとんどを『働く』という時間で過ごす分中身は違ってきますから、それは当然ですね。

ちょっとだけ形は違えども、時間を捻出して好きなことに、やりたいことに取り組むということで自分の心を広く、そして世界を広くしていく。自分の未来を明るくするためにある。それが大人の恋愛ならぬ、大人の青春です。

社会に出たら時間を捻出するという工夫は必要になりますが、それでもいつだって、世界も心も広げることができる。経験すればいいんです。遅くなっても慌てずに、自分のペースで。

それが何かを乗り越える力になるはずということを教えてくれる。そんな青春映画をきっかけにして、もう一度青春をスタートしちゃうのも良い。人生という名の映画はまだまだ、これからも上映中なんですもの。

映画館

追記

この記事で青春というワードを使いすぎてなんか恥ずかしくなりましたが、まだまだ青春したいと思います。

 

それではまた、次回の上映時間にお会いしましょう!


普段はネットの服屋さんでスタイリングとカメラマンをしています。写真と映画が大好きです。バックトゥザ・フューチャーを観て「為せば成る」が座右の銘になり、何事もやってみるマンに変身を遂げたイギリスと大阪の血を引く25歳です。

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