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【Think of Gender】 台湾人として、「おもてなし」の日本社会に伝えたいこと:クッキーさ...

【Think of Gender】 台湾人として、「おもてなし」の日本社会に伝えたいこと:クッキーさん インタビュー

アジアで最も大きなレインボーパレードとも言われる『台湾LGBTパレード』。オープンリーゲイとしてそこに携わった経歴もありながら、多様な活動をされてきたクッキーさん。その領域はLGBT関連にとどまらず、語学や文学、文化など多岐にわたっています。台湾、日本と2か国間を行き来しつつ、現在は三重大学で中国語の教鞭をとっています。インタビュー第2弾の今回は、『クッキーさん』という愛称で親しまれている彼の、これまでと現在、そしてこれから、ひいては日本在住の台湾人として、日本社会に対して思うことなど、たっぷりと語っていただきました。

interviewer: Shiori Yanagi

<PROFILE>

クッキーさん(くっきーさん)

本名、劉 靈均(リュウ・レイキン、Ariel Ling-chun Liu)。1985年、台湾中部の苗栗県生まれ。国立台湾大学日本語文学科卒、同日本語文学修士課程修了。高校や大学で日本語非常勤講師を経て、2013年来日、神戸大学人文学研究科博士後期課程に入学し、現在は休学中。台湾のLGBT文学、台湾と旧満州の植民地時代の日本語文学を研究しながら、2017年からは三重大学特任教員として中国語などの科目を教える。また、アジアのLGBT情報を関西に紹介する団体「関西同志聯盟」の共同代表を務めている。

 10月14日午後9時30分、新宿2丁目のとあるバー。それが、クッキーさんとの約束でした。
同月7日に関西で行われた、レインボフェスタ!でご挨拶させていただいてからわずか一週間後、奇跡的に編集部とクッキーさんのスケジュールが合い(しかも東京で!TOWの現拠点は関西なのに!)、今回の取材が実現しました。これはただの偶然ではないぞ。。?とわくわく、半ばどきどきしながら新宿二丁目へ向かったのでした。

グーグルマップで確認しつつ、現地へ到着。おそるおそるビルの2階へと登ると、「いらっしゃいませ」と、シュッとした素敵な男性が案内してくださいました。「お待ち合わせですか?」あ、はいそうなんですが、、としどろもどろしていると、にぎやかな店内で明らかに場違い?な二人に気がつき、「どうもー!こっちですー何飲みますかー?」と流ちょうな日本語でクッキーさんが出迎えてくださいました。なんだか気になる名前のカクテルが視界の隅にちらついていましたが、ちょっと考えて、編集部は二人とも、ジン・トニックという無難なオーダーに落ち着きました。また次回頼もう。

 ❇︎

–今日はよろしくお願いします。

はい、よろしくお願いします。今日は一台湾人として日本にいながら思うことを色々と伝えられたらいいなと思っています。

-それにしてもクッキーさん、日本語がとてもお上手ですが、日本語の勉強をされていたんですよね。

はい。台湾の大学で日本語と日本文学を学んで、日本に来ました。元々日本のアニメやゲームが好きなこともあるんですけど、歴史的に日本と台湾は繋がりが深いこともあって、特別な気持ちはあります。台湾では、日本文化を紹介する人はたくさんいるので、日本のことを知る機会はたくさんありました。ただこちらに来てもう何年も経ちますが、ここで台湾の文化を紹介する人はほとんどいないので、私も日本の人たちに、私のふるさとのことをもっと知ってほしいなという気持ちがあります。

-今は日本で何をされているんですか?

三重の大学で中国語を教えています。もともとの専攻は日本文学なので、将来的に日本のLGBT文学に関わる仕事をしながら、大学の教員として台湾のことをもっと日本に紹介していけたらなと思っています。

クッキーさん

-クッキーさんはゲイであることを公表し、精力的に活動をされていますが、何かきっかけがあったんですか?

私が中学3年生のとき、ゲイではないけど、女の子っぽい同い年の男の子がいじめを受けて自殺したという事が台湾であったんです。その頃、私も女々しいからということで学校でいじめを受けていたので、強い衝撃を受けると同時に、シンパシーを感じました。当時その子の保護者が、教育方針はどうだったのかと学校を訴えて、業務過失致死で校長に有罪判決が出たんです。これは私だけじゃなくて、台湾全体に衝撃をもたらした一件だったと思います。

奪われた自由。投票率70%超『訴える』社会の歴史的背景

-それからLGBTに関する活動を始められたんですか?

いえ、その当時はまだ始めていなかったのですが、少なくとも訴えることの重要性をより意識するきっかけにはなったと思います。台湾は、社会的に『訴えること』をすごく重要視する風潮があって。というのも、台湾の歴史的背景が大きく関わってくるんです。台湾人は一度、言論の自由を奪われているんです。それも、世界で最も長い期間です。その間、言論の自由を求めて数えきれないくらいの人が血を流しました。刑務所に入れられたり、争って命を奪われたり。私はその頃はまだ生まれていませんでしたが、祖父母や両親からその時代のことはよく聞いています。正式に言論の自由が認められたことは、台湾人にとって非常に大きな、嬉しい出来事だったのです。一度失った歴史があるからこそ、今の言論の自由を最大限に活用したいんです。そういう背景もあって、こうだと思ったことには声を上げるし、訴えることもします。それは台湾人の政治意識にも表れていて、投票率は70%前後。多いときは80%ほどにもなるんですよ。

政治に訴える台湾と政治に無関心の日本

-台湾では民衆が人権を政治的に訴える声が非常に強いと聞いたことがあります。

その通りです。アジアの中でも台湾は、LGBTの権利を訴える主張がとても強いので、選挙に出馬しようと思ったら、たとえもともと寛容でなかったとしても、そういうふうにならないと、選挙で勝てない、民衆の支持を得ることができないという風潮があるんです。だから、アジアで一番に同性婚が合法化されたことも不思議ではないですね。日本では政治家が選挙なんかでLGBTの権利を主張することはあっても、そのことをメディアで大々的に取り上げることはあまりありません。そもそも日本人は全体的に政治への関心が低いですよね。投票率30~40%だと、なかなか少数派の意見を反映させることも難しいです。私は日本にいて、この投票率の低さがとても気になります。何も言わなくても我慢できる人がこんなにもたくさんいるのか。と。

始まりは『学生議会』

-クッキーさんが本格的に活動を始めたのはいつ頃ですか?

ああ、話が少しそれていましたね。(笑)
私はもともとLGBTの活動家ではなくて、学生運動を主に行っていたのです。大学入学後、学生議会に入って、2年生のときに議長になりました。いじめられていた過去を変えたくて、今度はいじめられたくないという気持ちだけで入ったのですが、いざ入ってみると意外と自分がしゃべれることに気づいたんです。でも、自分がゲイであるというカミングアウトはしていませんでした。ゲイが嫌いな人がなんとなく多い印象があって、自分も嫌われるのがこわかったからです。
考えが変わったのは3年生のときですね。将来の道を真剣に考え始めたときに、自分には政治家の道は合わないし、やりたくないなと思ったんです。同じ大学出身の人で政治家になる人はたくさんいたし、議会に入ってからは、何かを訴えたり、発信することは好きだし、得意だと思うようになったのですが、私はもともと日本文学の専攻でしたし、当時演劇部にも所属していて、その道に進みたい気持ちもあって、政治家の道は違うとはっきり思ったんです。

シャイな青年が3千人にカミングアウト。その決意が始まりだった。
でも、議会を退く前に、最後に何か爪痕を残したい、何か一つ大きなことをしたいと思って、3000人ほどの学部全員が見られる書き込みサイトで、ゲイであることをカミングアウトしたんです。それがきっかけで、初めて、LGBT関連ですでに活動している人たちと関わるようになったんです。元学生議会の議長という肩書きは、私が思っていた以上に大きくて、(台湾におけるLGBTの現状を)なんとかしませんかという相談をたくさん持ちかけられるようになったんです。人前で自分の意見をしゃべることが怖くないので、ご意見番的存在として重宝してもらいました。

でもね、こう見えて私、実はものすごくシャイなんですよ。(笑)本当は人の目を見るのも怖いんです。今だって、こんなにしゃべってますけど、怖いですよ。でも、議会ときの経験も含めて10数年練習したので、なんとかできるようになりました。私が勇気を出して発信することで、届けるべき人に声が届けられると思うことが、私の原動力になっています。

カミングアウトをきっかけに、もともと専攻している文学の中でも広げられないかと、台湾のLGBT文学を研究するようになりました。訴えたり、発信したりすることは議会での経験から得意になったので、文章でも伝えていこうとLGBTに関連する文章を新聞社に寄稿したりするようになりました。もちろんすぐには通りませんでしたが、何度も挑戦するうちに、どんな文章なら掲載されるかというポイントがつかめるようになってきて、トータルで5,6回ほど掲載してもらった経験があります。
数年後、台湾での活動をやめて日本にきて、現在に至ります。

クッキーさん

教員として与えられる影響力の大きさ

-現在は大学教員を目指しながら様々な活動をされているということですが、なぜその道を選ばれたんですか?

教員になりたいと思った一番の理由は、教育による影響力の強さですね。
もともと台湾で高校の非常勤講師をしていたのですが、その経験の中で、教育の大切さに気が付いたんです。与えられる影響力の大きさを実感して、本格的に自分もそこに携わりたいと思うようになりました。
そこで、誰に教える立場を目指そうか考えたとき、高校生以下だと、伝えるべきことは主に教養、人格形成に向けるべきことだから、大学生がいいのではと思いました。大学教員なら、何かで捻じ曲げられることなく自分の考えを伝えられる、と。

-クッキーさんから『伝えたい』というものすごく強い意志とパワーが伝わってきます。

私は台湾人であり、日本語と日本文学を学び、日本で大学教員を目指している、オープンリーゲイの活動家です。私だからこそ伝えられることや、私だからこそできる伝え方がたくさんあると思っています。今日のインタビューでも色々なことをお話しましたが、伝えたいと思うことがたくさんあるんです。

台湾人として、「おもてなし」の日本社会に伝えたいこと
でも、私がこのインタビューで日本の方に一番伝えたいことは、日本社会では、体験することのできない他人の痛みや苦しみを想像する力が少ないのではないか、ということです。
日本は、「おもてなし」「思いやり」のある素晴らしい社会です。
例えば、冬の寒い日にやってきたお客さまには、「寒かったでしょう」と温かいお茶を出し、雨の日にやってきたお客さまには、「濡れていませんか」とタオルを差しだします。電車では座席を必要とする人に席を譲り、大きな荷物を抱えて階段を上っている高齢の方がいれば、一緒に荷物をもって階段を上ります。
相手が喜ぶだろうという、想像しやすいおもてなし、おもいやり行動は、世界でも誇れるレベルのものだと思います。
それなのに、自分が体験できない痛みや苦しみに対する想像力は、それと比べると少し弱いのではないかなと思うんです。
他人の痛みや苦しみを想像する力をもって、考えてほしい
例えば、結婚制度に入れない(もしくは入らない)人に対しては、色んな要因でとても強い圧迫感があると感じます。「結婚するのが当たり前」という認識が暗にされていたり、結婚していない女性に対して『お局さん』という言葉が普通に使われていたり。それを言われることで傷つくひとがいるかもしれないという誰かの痛みを想像できているでしょうか。もちろん、台湾でも問題はまだまだたくさんあります。かつては台湾でもLGBTに対する差別は非常に強かったですし、今でもそれが残っている地域だってあります。でも、ここに住んでいて思うことは、台湾ではもう少し、他人の痛みに対する想像力はあるような気がするのです。私は、日本という素晴らしい民族が、それを持っていないわけがないと思うんです。
外国人として日本の人たちに伝えたいことは、誰にとっても幸せな社会を考える国になってほしいということです。

クッキーさん

❇︎

次回はインタビュー第2弾、台湾LGBTパレード特集です。
パレードに実際に参加もしながら、主催側としてのお手伝いも幾度もされているクッキーさんに、台湾のパレードの裏側まで、根ほり葉ほりきいちゃいました!乞うご期待!!

編集後記

クッキーさん。ポップなニックネームと、明るく人懐っこいキャラクターからは想像できないほどの博学、博識、経歴。そしてエネルギーと強さを持った方でした。1時間半にわたるインタビューの中で、とてもひとつの記事ではまとまりきれないほどの情報やエピソードを、ほぼノンストップで話してくださいました。お客さんたちのにぎやかな笑い声とムードガンガンのBGMに負けまいと全身全霊で耳を傾け、難しい日本語につまずくまいと頭をフル回転してお話について行くうち、クッキーさんが台湾の方だということをすっかり忘れていました。なんて語彙力!
時折見せるクッキーさんの人懐こさに、友達になりたいなあと個人的に思ったのですが、取材させていただいている身でそれはあまりにも失礼、と、今回はガマン。また機会があればお会いしてお話聞きたいなーと思ったのでした。


福祉に携わっています。ライターの肩書きに憧れる超一般人。音楽と映画と面白いことが好きです。落ち着くのは喫茶店と居酒屋、フットワークは軽いほう、どちらかと言えばミーハー、たまごサンドは永遠のブームです。垣根の低い世の中がきっと素敵です。

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